
国内にしようか?外国で・・・?
どうしても性転換手術を受けるときにはこんな事を考えてしまうものです。
私は実績と入院設備そして麻酔専門医のいる病院で・・・・
そう思ったので外国を選択しました
国内では「埼玉医大」「岡山医大」などオフィシャルでオペをしているところがあります。
しかし主観的には経験の多い病院で出来るだけ綺麗に・・・そう思ってしまうのですね。
私がセレクトした病院はタイの「ヤンヒー総合病院」です。
この病院は実績もたくさんあるし、安心して自分の身体を任せれると思ったからです。
どうやって病院を見つけたらいいの?
私はネットで性転換のコーディネートをしている会社を探しました。
いろんな条件で価格を検討して自分にあったプランをたてて会社を訪ねました。
ちなみに私が立てたプランは「性転換手術+豊胸」「傷あと治療」です。
これにアテンダント(通訳・ホテル・送迎など)をつけていくらになるのか?何回も何回もプランを検討して自分はこれって言うものを決めました。
必要なもの・・・
パスポート・精神科医もしくはカウンセラーの英文推薦状・HIV抗体検査証明書などです。
特に推薦状に関しては結構とりにくいと言うことです。(なかなかもらえない)
私は1年以上、決まった病院でカウンセリングを受けているのですぐに推薦状を出してもらうことができました。
これらのものを用意してコーディネート会社と契約を締結します。
全ての書類はパスポートと同じ名前でもらうのが賢明ですね。
最終的に証明できないなんてことのないように・・・
わからないことは面倒って思わないでコーディネート会社へ質問した方がいいです。
後は現地で必要なものを書き出して買い物・・・
絶対、円座(ドーナッツ型の座布団)は必要と思います。
なぜなら、帰りの飛行機で約7時間乗って来るんだけど、これがきついらしいです。
それと現地の気候もチェックして持っていく服も選ばないと・・・
禁煙そしてホルモンなどの薬はストップ!
オペ前2週間前からオペが終わってしばらくは禁煙&ホルモンストップです。
出血の防止と傷の治癒の促進のためです。
しばらくの事だから更年期障害やタバコの禁断症状には耐えないと・・・この先にある夢のためにね。
この先は・・・
オペに行ってからこの先は書いていきますね。
不安なことなんか無いです。
決心するまで一生懸命考えて、決心したら気楽な気持でその時を待った方がいいですよ。
私は美容整形に海外に行くような気持で待っています。
たくさんのレポートをもって帰ってきますね。
そうそう・・・
向こうでの様子をビデオに納めてきます。
【Cafe de Yuuka】でも一部公開します。おたのしみにぃ〜
でわ・・・・いってきまーす!
SRS(性転換・性再判別手術)日記2003年12月22日〜2004年1月8日
| ☆1 | ☆2 | ☆3 | ☆4 | ☆5 | ☆6 | ☆7 | ☆8 | ☆9 | ☆10 | ☆11 | ☆12 | ☆13 | ご案内 |
☆1
2003年12月22日〜2003年12月31日・・・・入院
昨日から関空に前泊で来ています。
今日は朝10:00発のシンガポール航空でバンコクに発つ予定です。
さてさて、朝からばたばたでホテルをチェックアウトしてまずは航空券を引き替えに、それからDocomoの海外契約の電話を引き取りに行って、やっと搭乗手続きです。
もうすぐ搭乗がはじまりますからってシンガポール航空の受付で言われて慌てて出国手続き。
ここでまたもやハプニング。
パスポートとチケットを見せると、「チケットにMr.と書かれているので搭乗の時に間違ってるって説明して下さい。」って??まぁいいか。とにかく走って走って細かいことは気にしないでとにかく飛行機へ!
でも何のためにパスポートに性別【M】ってなってんのよぉ〜!
飛行機は快適でした。
以外と混んでるのかと思ったのですが、全くそんなことはなくって結構がらがらでした。
昨日の夜はいろんな用意とかであんまり寝ていなかったのでフライトして10分後にはもう夢の中でした。
気がついたときには窓から見た景色は雲と海だけの景色でした。
機内サービスの飲み物とか機内食で私の気持ちの中はすっかり海外旅行気分です。
しかしシンガポール航空のスッチーはとっても綺麗です。
スラッーとしたプロポーションでとっても綺麗。
片言の英語で何とかサービスは受けることができました。
そして日本時間の4時過ぎ(タイ時間2時過ぎ)にバンコク空港に降り立ちました。
今日のバンコクはとってもいい天気で、今の季節はタイの年間の気候でももっともいい季節と言うことです。
乾季で昼間の気温は30度前後なんだけど朝夕は少し肌寒いくらいなんです。
空港までアテンダントの通称タムちゃんとたまたまタイに来ていたコーディネート会社の社長と合流しました。
いろんな話をしながら病院へ移動していたんですが、その時に道を走っている車にびっくり!
ほとんどが日本の車で、なんか大阪の街を走っているようでした。
しかしさすが仏教の国です。クリスマスツリーは見かけなかったなぁ?
タムちゃんはとっても気さくないい人で、タイ語と怪しげな日本語を使う人です(笑)
街の中はなんか活気があるなぁって感じで、バイクと自動車が道を覆い尽くしていました。
私が乗ったタムちゃんの車はボルボセダンタイプの車で、タイの車は日本の3倍くらいの価値があるらしいのですがみんな車はのっているみたいです。ちなみにカローラで300万円くらいはするらしいですよ。
☆2
さて・・・・車で走ること30分くらいでYANHEE General Hospitalへ到着です。
病院はとっても大きな綺麗な病院です。
びっくりしたのが看護婦さん達の制服。
全員一緒のようで全部違うのです。(これじゃ制服じゃないやん!笑)
色は事務系の人が青のスーツぽいので、看護婦さんは白の制服。
みんなまちまちの制服で、フリルの制服やらタイトのものやらで・・・
更に綺麗な人たちばっかりです。これかなりマジですよ。
受付を済ませてドクターの検診です。
膣の内皮はペニスの皮を使って形成するのですが、私の場合、どうもペニスの退化が激しいようで深さが足らないとのことでした。
といういきさつもあって睾丸の皮を移植して深さを確保する方法にしました。
直腸を移植(S字結腸)で行うと、お腹を切って跡が残ってしまうので、私は睾丸皮膚移植を選択しました。
胸は280ccのシリコンジェルバッグを入れることで・・・
たぶんC〜Dカップくらいになるのかしら?
もともとは今日いきなりオペの予定だったのですがまだ腸の中に排泄物があると言うことで浣腸を何回も何回も行って、腸の中を綺麗にしました。出せるものは全部出してしまえ!って感じですね。
その後はスープと飲み物だけの夕食を済ませて血液検査と点滴です。
アテンダントの人が帰ってからは私一人で全ての話をしなければいけないので、看護婦さんと対応やらで英語が上達しそうです。(簡単な英語で充分通用しますよ。私も英語はとっても苦手だったし(*^_^*)テレッ
明日の朝6:30からのオペです。
まさに(笑)。ラジオ体操なみのオペです。


昨日もあまり寝ていないし、早く寝ないとって思いながら私はあっという間に深い眠りについていました。
点滴を打たれて気の弱い私?は、なんだか気分が悪くなったせいもあったのでしょうか?
でわ・・・いよいよ明日です。
あっ!ひとつ書き忘れましたが左上腕部の傷は、腕が細すぎるって言うことでオペ出来ないってことでした。
傷口をもう一回切って両方から引っ張って細かく縫い合わせる方法なんだけど、引っ張るもんがないって断られました。
しかしペニスの退化によるオペ方法の変更は金額(約16万円のアップ)がアップするのでこれからの予算組が大変そう。。。
☆3
2003年12月23日
いよいよ今日はオペ当日です。
日本には「朝飯前」って言葉があるのですが今日執刀して下さるドクターはここの病院でもSRSに関しては第一人者で、まさに朝飯前なんでしょうね(^o^)ニコッ
朝ストトレッチャー(車が着いてるベッド)が私の部屋まで迎えに来ました。
私は起き抜けでまだ寝ぼけたままでストレッチャーに乗せられて手術室のあるフロアへ降りていきました。
そこでは新しい生まれたばかりの命に出会いました。布で包まれたあかちゃんが看護婦さんに連れられてオペ室から出てきていました。
「New Baby?」と私が聞くと「Yes!new baby.」と看護婦さんは応えてくれました。
それから私のストレッチャーの横には麻酔医のドクターがきていよいよオペの準備です。
結局、昨日ミーティングした執刀するドクターとはこの時にはあわなかったのですが?
何故かというとドクターにあう前に私は麻酔にかかってしまうからなんですね。(会えるわけないよね)
ストレッチャーに乗せられる前から手術台に乗り麻酔がかかるまで私は心の中でお祈りをしていました。
イエス様が私の隣にいてくれていつも私をみてくれていました。
ストレッチャーの横からそして手術台の横から・・・・
手術台は、まさに十字架の様な手術台で私は主に全てを委ねるお祈りをしながら手術台にくくられていました。
本当に十字架にかけられる思いでした。
その後は先ほどの麻酔のドクターが私の口元に呼吸器みたいなものを持ってきて「23」くらいまでははっきりと覚えているんですがその後は全く覚えていません
気がついた時にはもうベットの上で、とにかくおしっこがしたくって・・・
でもカテーテルが入ってるから、とかなんじゃらかんじゃら・・・・
私も麻酔からはっきりと醒めていないので訳も分からずまた寝てしまいました。
とっさに時計だけは何とか確認していたのですが11:30くらいでした・・・と思います。
だからSRSと豊胸で5:30くらいですね。(結果的には昼飯前でした)
再び眠りに落ちていくときに胸に段ボール箱が置かれているような気がしました。
気がついたときには体中が痛くて・・・・とくに胸が痛いです。
なんか胸に箱を乗せられている感じは相変わらずあるのですが・・・・何だこの痛みは?
あっ!豊胸していたんだってその時にやっと思い出しました。いたぁーい!
これはそうとう痛いなぁ・・・・
この予想は以上というか、もっと、もっともっと・・・・
オペを受けたその日か?次の日だったと思うのですが、ドクターがきて私のバストをマッサージしてくれたのです。
この時の痛さを今までの痛さでは表現できません。でもいうなれば・・・・
ペンチで胸を挟まれてそのまま引っ張ってちぎられたらこんな痛さなんだろうと思います。
ドクターにマッサージされている間もどれだけの後悔をしたことか・・・・どうして私はこんなオペを受けてしまったのだろう?豊胸手術・・・
前のままの小さい胸でよかったのに・・・結構あの貧乳は気に入っていたんだけど。
でも今更こんな事を後悔しても・・・・ここは女の美を追究するために。
この日からの私の努力は涙ぐましいものがありました。マジで・・・
自分で触っても痛い胸を時間のある限りマッサージし続けました。
そして・・・
☆4
あの痛みもあまり感じなくなりました。
痛いのは痛いけど、あのペンチで胸を引っ張られる痛みより随分とましです。
タイは暖かいからいいけど、日本に帰ったら寒いからしっかりとタイでマッサージしておかないと。
でも、ドクターや看護婦さんが急にマッサージしたらかなり痛いですよ。
もう一つ書いておかなければならないことがあります。
昨日(12月29日)から下痢なんです。
何も食べてないのに下痢なんです???
ってあんまり普通の下痢を想像しないでくださいね。
多分、人間の限界の下痢なんだと思います。
思い起こせば「矢吹ジョーと力石徹」などでおなじみの減量を越えた減量・・・・・
つまり限界を超えたところにあるものが今私の前に立ちふさがったのでしょうか?
その下痢は真っ黒なんです。本当に墨汁見たいに真っ黒なんです。
これはいわゆる宿便って言うものなのでしょうか?
私も今まで結構過酷なダイエットをしてきましたが1週間の絶食はしたことがなかったので・・・
それにYANHEEのスープは美味しいとは言えるものではないですしね。病院なら当たり前だけど。
だから私はこの1週間ジュースといっても甘すぎて飲みにくいのでほとんど水だけで今まできたからさすがに体力・というか身体の限界に来たのでしょうか?
たぶんこれをあと何日すれば死んでしまうのでしょうって言う状態です。
大切なことはタイに来るまでにしっかりと身体に栄養を蓄えてくることです。
私の場合、いつもと同じ生活環境で暮らしてきていましたから、もともとあまり食べない方なので。
頭にきたのは、この下痢の事を看護婦に訴えても聞いて来くれないし下痢したところもきちんとふいてくれないし・・・・・・
私は汚れたまま、布団も掛けてもらえず3時間の放置を受けたのです。
それに血液のドレンタンク様の金具がお尻に刺さっているのです。
はっきりいって最悪です。もう死にたいとさえ思いました。
たぶん・・・人間の尊厳の価値が日本とは違うのでしょうか?
本来であれば人間の価値などはどの国にいったところで同じ事のはず。
しかしここでは一人にかかっている暇はない!っていうようなところが多々ありますね。
こんな事は書きたくなかったですけど実際改善していって欲しいところです。
人数がそろえば日本人のガイダンスを一人だけでもつけてあげればいいと思うんですけど・・・・
っていうかこんなに頑張ってくれているのに日本の医療はどうよ!のほうが先決ですよね。
日本の医療の中ではSRSに対する道徳とか倫理とかがあると思いますが、まず今は、人間の尊厳の道徳と倫理を見直す必要があるのでは無いでしょうか?
☆5
そんな中で唯一、白衣の天使に出逢いました。
たまたま私が苦しんでいた夜には彼女はいなかったのですが、彼女の笑顔と患者への配慮、そして問いかけ、話しかけ・・・彼女の笑顔と「See
you later.」と言う言葉には本当に救われました。
本当にありがとう!アリラット!彼女の名はアリラット。
絶食も7日を迎えると食べることばかり考えてしまいます。
さすがの私もお腹がすきました。
昨日(入院5日目)から点滴も抜かれてしまっているので栄養は全くとっていません。
水のみです。
お腹空いたよー!夢見ても何か食べる夢ばかりです。
今日はとうとうご飯が食べられる日です。
その前にいろいろ検査と検診。
病室まで車椅子が迎えに来てくれたのですが、ずっと寝ていたため普通の車椅子では乗ることが出来ないのでストレッチャーになる車椅子で迎えに来てくれました。
どこか検査室らしきところにやってきて、髪の毛を束ねられ帽子ですっぽり!それが目隠し状態になってしまってなんだか右手の甲が痛いって思ったんだけど意識朦朧の中で分娩台かな?、今度気がついたら病室に戻ってきていまいした。
瞬間的な全身麻酔をかけられたのでした。
後で聞いたのですが、血液ドレンのチューブを抜くのがかなり痛いらしいのです。
頭ふらふらしていたなかで少しまた眠ってしまったのですが、食べ物が来たらしく私は身体を揺すられて起きました。
サンドイッチとトマトパスタでした。
がっついて食べたいのですが、少しだけ口にすると気持ち悪くなってまた横になって眠ってしまいました。
お腹が空いているからって言って8日間も何も食べずにいるとそんなに急に食べれるものではないですね。
その夜のご飯は半分くらいは食べられました。
人間の欲望は無限です。ご飯が食べれると今度は明日の退院のことが嬉しくって・・・
待ちどおしくってたまりません。
この日に一緒のホテルに滞在しているFTMの「Mくん」と友達になりました。
彼は1月2日に帰国するのですが、少しの間だけ一緒に過ごすことになります。
明日はアテンダントの人と一緒に迎えに来てくれるって言うことなので楽しみです。
いよいよ退院。
これからは少し自由にタイの街を見ることが出来ると思います。
☆6
さて退院の日です。
消毒の仕方、膣拡張の仕方などを教えてもらって全てのチェックを済ませて(病室からの国際電話代など)退院です。
入院したときに来ていた服に着替えて、看護婦さんに挨拶。
そして、その時にはじめて知ったのですが、私の他にも日本人のMTFの人が入院していたことです。
その人の病室を訪問させてもらって、いろいろ話して退院しました。
ん・・・・・ん・・・・・
やっぱり空気が違うわ。
これが外の世界ね。
病室の窓からの空気とは違う。
そして、この身体になってはじめて胸一杯に空気を吸い込みました。
そしてアテンダントの人のボルボに乗せてもらってホテルにチェックインしました。
長かったけど、やっとここまでやってきたよ。
これからはセルフケアでなんとか頑張ってやっていかないとね。
| セルフケアセット(左上から) 注射器・消毒液・傷軟膏・拡張器・コンドーム・潤滑ゼリー・ゴム手袋 |
![]() |
☆7
12月31日ホテル生活スタート
チェックインを済ませて部屋に案内されました。
とっても快適そうな部屋で安心です。
リビングルームとベッドルームが別れていてます。
ここは普通のホテルではなくアパートメントホテルなんです。
ダイニング・キッチン・リビング・ベッドルーム・バスルーム(つまり2LDK)があって日本でプランしたときに+¥3,500/日でこのタイプの部屋が選べたので選んで起きました。
普通のワンルームの部屋も見ましたが、絶対¥3,500の価値はあります。
ハイソサエティな気分となんて言っても使い勝手がいいのです。
くつろぐのと寝るのはやっぱり別の方がいいし。
リビングルームには30インチクラスのテレビとステレオが設備されていて、持ってきていたCDを聴いて快適に過ごせそうです。って言うか、かなり優雅に過ごせそうですね(^o^)ニコッ
退院初日なんですが、とにかく1週間以上髪の毛を洗っていないのでとっても気持ちが悪いのでアテンダントのタムちゃんにシャンプーに連れていってもらうことに。
連れていってもらったところはホテルから歩いて5〜10分くらいのサロン。
病院でも美容室はあるんだけど適当にされてしまいそうなので外部のサロンを選びました。
(これくらいの贅沢はご褒美としていいでしょうって言い聞かせながら・・・)
10分以上かかってきれいに洗ってくれて、ブローも綺麗に!更にアイロンで髪の毛を伸ばしてくれて入院していたとは思えないほど!これで600バーツ(¥1800くらい)です。
ブローしてもらっているときに白髪が気になっていたんですが、サロンのおねぇさん(ゲーさん)の提案で明日カラーリングしてくれるって。
メーカー見たら「WELLA」って日本でも有名なメーカーですよ。安心。
価格も日本の半額以下。これは絶対やってもらおうと思って予約しました。
サロンを出て、一旦ホテルに戻ってきたんですが退院の時に看護婦さんに「ブラジャーをつけてね。あんまり男性を刺激するような事をしたらダメよ。自分を守るためにもね」って言われていたので、ブラを買いに行くことにしました。
近くにおおきなショッピングモールがあるので夕方近くになっていましたが行ってきました。
まず、足下。
実際、歩くことには全く支障が無いことが分かったので私は100均で買った「健康サンダル」とハイカットコンバースしか持っていっていなかったので、これでは不自由だなと思ってミュールを買いました。
今、日本に持って帰っても履けそうなものをチョイス。
それからブラジャー*3
豊胸してからはじめてのサイズなのでサイズを測ってもらって・・・・
お店の人に「上げてよせたいの?」って聴かれたので、もちろん答えは「Yes!」
サイズは80Cでした。
今はノンワイヤーしかできないので・・・・
ワイヤーなら80Dで形を整えれると言っていました。
何より日差しがきついので、昼間はサングラスが必要と思ったので一応持ってきたのですが、年末のバーゲンで50〜70%OFFだったのでセリーヌのサングラスを購入してしまいました。・・・ちょっと締まっていかないと!![]()
晩御飯はホテルに帰ってきて1階のレストランでタイのピラフとサラダを頂きました。
こうして退院のお祝いと2003年の締めくくりをしていたときにドーン!ドーン!って音がするのでビックリしたんですが窓の外を見ると新年をお祝いする花火がたくさん、たくさんあがっていました。
寝る前に、膣の拡張をしないと・・・・
これが一苦労です。
洗浄消毒はしみるし、薬は塗れているのかどうか分からないし、なんて言ってもスティックが入りません。
無理矢理入れようとして違うところにギュー・・・・痛っ!・・・・
ぽたぽた・・・出血・・・・ふぇ〜ん!どうしよう入らないよ・・・何とか入ったけど・・・痛いよ〜
こんな事を毎日4回もしないといけないの!?
スティックの挿入時間は1時間/回です。痛いけど、頑張らなきゃ!折角オペしたんだからね。
でも、先が思いやられます。
退院の喜びとこれからの不安を募らせながらホテル初日の夜は更けていきました。
☆8
2004年1月1日・・・元旦
ここ最近では日本でもお正月って感じがしなくなったんだけど特に、ここタイでは全く普通の休日と同じです。
タイでは4月にお正月らしいものがあるらしいのですが仏教のお祭りかなんかなのかしら?
今日は同じホテルのMくんが検診と言うこともあって病院に行って来ました。
昨日退院したばかりなのに、なんだか遠い昔にいたところのような気分。
私が入院していた病棟のナースセンターに行ったら、私のドクターがたまたまいて、私をみて全く分かっていないの。
で、しばらく私の顔をマジマジとみつめて・・・「Are you miss ******(名字)? reary?」って(*^_^*)テレッ
本当に分かっていないみたいで、髪の毛洗って、今日はお化粧もしているしドクターはビックリしている様子でした。
相変わらず、膣拡張の作業は痛いですね。
薬がしみるのと、まだ、どこに入れたらいいのか分からなくて、無理矢理ギュッって入れたら出血してしまって・・・・
一回、指で確かめてみたら、どうも入れる方向が間違っていたみたいで、私の膣はいわゆる「まえつき」に出来ているようです。っていうかスティックを下から入れるんじゃなくって前から入れる感じなんですね。
それと、胸のマッサージ。
小さい胸の筋肉の下にシリコンジェルを入れているので皮膚を伸ばさないと・・・・
朝起きたときが一番痛いです。
腕を動かしたときに、筋と皮膚がピーン!って引っ張る感じがして、眉間に皺が寄ってしまいます。
それと胸のオペでどこかの神経が圧迫されているのか右手の小指がとてもしびれている感じがします。
これは思ってもいなかったリハビリが必要です。
ドクターはしばらくしたら感覚が戻るって行ってくれていますけど、栄養が身体の隅々に行き届いていない事も関係しているようです。
病院からホテルに帰ってきて、髪の毛のカラーリングに行ってきました。
私がチョイスしたカラーはダークゴールド。
ほとんど黒に近い色なんですが、やっぱり私は廻りに影響されやすいのか「アジアンビューティー」に今回はこだわってみました。
ちょっと緑がかった黒に近い金色です。
これがめっちゃ時間かかって、私がサロンにいた時間・・・6時間。
明日のフェイスエステの予約を入れて帰ってきました。
今日は膣拡張を3回しか出来ないよ。でも、自分のスケジュールで2〜4回出来たらいいって言ってもらっているし。
でも、できるだけ頑張って拡張していきたいって思います。
退院するときにシャワーはOKもらっていたんだけど、もう1日だけ我慢していました。
なんだか怖いし。
さてっと今年はじめてのシャワーです。
恐る恐る、身体にお湯を流して・・・気持ちいいです。
でも、まだ怖いから出来るだけ早くって思いながらカテーテルが入っているのでなかなか上手く身体を動かせなくって結構時間がかかってしまいました。
簡単に浴びただけのシャワーでしたがとっても気持ちよくなって、その夜はぐっすり・・・
しかし、この日の夜にちょっとしたハプニングがあって一緒にいたMくんの胸から出血&子宮をとった当たりに腸が凸ってなっているのです。
今日彼は、体調がよかったのか少し無理をして走ってしまったらしいのです。
内臓が下がってしまって「脱腸」状態になっているんですね。
見た目には本当に普通の身体何だけど、本当に怖いって思いました。
アテンダントの人も知らなかったことで、後で知って注意していたのに!ってあきれていました。
胸の出血に関しては私は以前にボーイスカウトにいたので一応応急処置をして次の日に病院に行ったら乳房切除したところに血がたまっていたと言うことです。
私は外見上の怪我みたいなものだから、回復は私の方が早いと言うことでした。
それに侑海は優等生だよ。ってアテンダントの人にも言ってもらいました。
自分の身体をとっても大切にしているねって。
何度も、死んでしまいたいって今まで思ってきて、薬飲んだり病院に行ってカウンセリング受けてやっとここまでやってきたのに、それにたくさんの友達が応援してくれているしお母さんだって心配して身体壊して・・・・
そんなこと今までやってきたこの身体なのに・・・・
今、絶対無理して壊したくないって思います。
私の人生をリスタートさせるためにやってきたタイなんだから。
とにかくこんな事があって夜遅くになってしまったのでドアノブに「起こさないで」の看板ぶら下げて眠りにつきました。
気がついたときには次の日のお昼をまわっていました。
☆9
どんどん私のタイでの時間は過ぎていきます。
今日は1月2日と思う・・・って感じなってきました。
いったい今日は何日だろう?とか何曜日だろうとか気にしないようにしています。
日本が恋しくなったり焦ったりしてしまうといけないから・・・
あさって言うか昼起きてホテルのラウンジにブランチとコーヒーを取りに行ったらアテンダントのタムちゃんを弟のテラちゃんが来ていました。
一緒にご飯を食べてタムちゃんが一緒にエステに行くっていうからビックリしたんですが、タイでは男の人も結構エステに行っているみたいなんです。
タムちゃんも2〜3ヶ月に一回は行くようです。
今日は、少しタムちゃんについて詳しく書いてみたいと思います。
タムちゃんは以前10年間くらい日本にいたらしく建築の仕事をしていたみたいです。
日本ではたぶん変な外人だったと思います。
暮らしていたところが大阪・神戸・広島で広島に一番長くいたようで、私と話すのが慣れてきたら広島弁で話すんです。
日本ではいろんな仕事をしていたようですが、タイに帰ってくるときにお世話になった人からたくさんの餞別をもらってタイに帰ってきてからは自分で会社をし始めたようです。
3人兄弟の2番目で1番上のお兄さんはもう亡くなってしまっているようです。病気だったと言うことです。
タイでは今のようなアテンダントの仕事とツアーコンダクターみたいな仕事。
例えばホテルとかと提携してお客さんを入れてバックをとっているとか、なんか広島弁でいろんな事を話していました。
以前はムエタイの選手だったみたいでとても筋肉質でとっても強そうなんです。でもかなりおもろいおっさんで、とにかく優しいんです。
必ず、私を守るように歩いてくれるし、歩くスピードも私にあわせてくれるし、病院にもコネクションがあるようで結構無理もきいてもらいました。
更に日本では絶対考えられないことなんですが、民間のタムちゃんみたいな人に警官のバイトを依頼するんです。
私と一緒にいるときも何回か携帯電話がなって今晩麻薬の取引がどうのとかあったんです。
こんな時はピストルもって防弾チョッキきて出かけるらしいですよ。
1回だけ防弾チョッキ越しに弾があたったらしく、もう死んだって思ったらしいけど、血が出てないしその時に防弾チョッキの事を思いだしたらしいんです。基本的には治安はとてもいい町みたいですけど。
よっぽど今の日本の方が怖いと私は感じました。あっちこっちに都会とダウンタウンがあってダウンタウンでもこの路地には入らない方がいいとかも教えてくれました。
でも、基本的には夜の女性の一人歩きは避けた方がいいみたいです。
タイの男性はとっても女の人が好きみたいなので(^o^)ニコッ いわゆる助平なんですね。
私も何回も街を歩いているときにじろじろと見られましたし、タムちゃんも綺麗な女の人が歩いているとじろじろと見ていました。
こんな感じの人なので、少々Y談を話せればとっても頼りがいのあるアテンダントの人です。

タムちゃんの弟のテラちゃんは以前に日本にはいたことがあるのですが滞在期間がとっても短くって3ヶ月位を数回繰り返しているみたいです。
今はタムちゃんと一緒に仕事をしているみたいです。
だからテラちゃんと一緒に出かけるときには英語でコミュニケーションをとるんですけど、なんとかなるもんです。
私もテラちゃんにショッピングに連れていってもらったりしましたけど全く不自由を感じませんでした。
とにかく2人ともとってもジェントルマンですから。
タムちゃんは野生的で強い人。テラちゃんはインテリのビジネスマンって感じですね。
あっ!こんな書き方したらタムちゃんが英語を話さないようですがタムちゃんはタイ語・英語・広島弁のバイリンガルですよ。
タイの人は大半って行っても私が接した人ですが、基本的には英語を話します。
日本で教えてもらう英語とは違ってみんなとっても上手なんです。
私はとっても恥ずかしかったです。
今度、私がタイに来ることがあったら英語で全て話せるようにしたいって思います。
ショッピングいって日本語で話しかけられないようにね。
確かに日本が国際的になったって事かもしれないけど、誰とでも話したいし、やっぱり英語は必要って思いました。
ヒアリングとスピーキングが出来るように。学生時代のReaderを思い出して、人とコミュニケーションをとれるようにしたいです。
男から女に。今度は日本人から地球人になりたいって思った私です。性別・国籍不詳って言うか不問と言うのが今度の私の目標ですね。国際的な仕事がしたくなりました。
☆10
このあたりでもう日にちが分からなくなってきました・・・・
やっと今日は1月4日って分かりました。
FTMのMくんは2日の夜間の飛行機で帰国してしまったので、それからは私一人でホテルに滞在しています。
今日はタムちゃんともテラちゃんとも約束していないので、はじめて一人でゆっくりとホテルで時間を過ごしました。
遅い目のブランチを10:00頃に食べてはじめて一人でコンビニエンスストア「セブンイレブン」に行ってきました。
膣洗浄の水とナプキン。洗濯物がたまってきたので洗剤を買ってホテルの洗面で洗濯をしてみようと思って。
それと、缶コーヒー。これが安いのに美味しいのです。ネスカフェって書いてるんだけど10バーツ(¥30)なんです。
これを買ってきてホテルに引きこもりました。
ご飯はルームサービスをとって部屋からは出ていかないぞ!って心に誓いました。
そして今回のSRS記録を書き続けました。
しかし・・・どうしても晩御飯で食べてみたいお店がホテルの前にあるんです。
「山根」っていうジャパニーズレストランです。無性にお寿司が食べたいって思って。
日本にいるときは、だいたい洋食派の私なんですが何故か日本食が食べたくなるんですね。それと私の好奇心がこのジャパニーズレストランを見逃すものか!
と言うことで早い目に膣拡張をしてお風呂にも入って6:00にはお店に入っていました。
「いらっしゃいませ!」って言われてビックリです。
私は店内をビデオ撮影してもいいですか?って聞いたら、とっても親切にあっちこっち説明してくれて、とうとう厨房まで撮影して下さいって。
ちなみに「いらっしゃいませ!」以外は英語なんですよ。変なお店でしょ?
ここで私はグルメ番組ビックリのグルメレポートをカメラの前でスッピンで行いました。
周りに日本人はいない様子でお箸を何とか使っていました。
でも、上手にお箸を使っていますよ。みんな。
私が食べたのはにぎり寿司と茶碗蒸しデザートは抹茶アイスでした。
日本で食べるのと全く同じ味です。ただし・・・あずきは日本の方がかなり甘いような気がします。
それと握りの中に鯖があったんです。生かどうか?絞めているのかな?って恐る恐る口にしたんですが、しっかりと絞め鯖でした。江戸前ですね。
ご機嫌でホテルに戻ってきて、持ってきていたDVDをみてしっかりはまってしまって膣拡張をまた忘れてしまっていて、とにかくスティック入れて、ちょっと痛いかなと思いながらソファにドーナツ座布団敷いて最後まで見ました。
なかなか4回/日って難しいですね。
さてさて日にちが変わって今日は1月5日です。
モーニングコールを8:00にしているのですが、なかなかベッドから起きあがれません。
これは眠いのと違って起きたときが胸が一番痛いんです。
起きてはじめて腕を動かしたときに胸の皮膚がピーンってはって痛っ!って感じで、ベッドの中で胸抱えて、もがいているのです。ゆっくりゆっくりマッサージしてそして何とかベッドから20分くらい掛けて離れるんですね。
これが結構辛いですよ。日本に帰ったら真冬だし、きついだろうなぁ・・・
それから水をコップに1杯一気に飲み干します。
これは便秘してはいけないからです。
私はホテルに硬水を買ってきています。
これはCaがたくさん入っているためちょっと下痢気味になるためです。
オペしているところが肛門の近くなので出来るだけ力が入らないように気遣っています。
バンコクのホテルとか病院は水で肛門を洗う設備があるのでそれを利用して清潔に保つことも大切です。
(日本のウォシュレットとかクリーンシャワレを想像しないで下さいね。便器の横に水圧の強いシャワーのついたホースがあるって思って下さい。)
話は戻って、それから膣拡張をしながら朝の身支度をします。
「ながら膣拡張」は朝のこの時だけです。
通常はベッドでギュッって奥にスティックを押し込んでいますから。
とにかく仕事始めたらこんな事も出来るようにしておかないと朝からゆっくり膣拡張なんかしている暇なんかないですから。
ワンちゃん達も私をゆっくりさせてくれないでしょうから・・・
とにかく朝は、ばたばたの練習をしています。
そして、9:30頃に朝御飯をホテルのラウンジカフェに食べに行くのが日課です。
でも結局、10:00くらいになっているんですけど・・・
膣拡張していたらタムちゃんから電話があって、今日ショッピングに連れていってくれるって。
3:00くらいどう?っていうから別にすることもないしOKしたんです。
そして朝御飯を食べに行きました。
いつもは喫煙スペースで食べた後、食後の一服が出来るのですが、今日のウェイトレスはとても厳しい人で、朝は喫煙スペースは使えないって言うんです。
それは本来ここのルールで、ここの支配人がタムちゃんの友達で私だけ優遇されていたんですから・・・
まぁ仕方ないかって思って、食後に自分の部屋に戻ってタバコをすっていました。
あっタバコのこと話していなかったですよね。
一般的にはタバコはしばらくやめないといけないって言う話なんですが、これはオペ中に血栓になることを避けるためであって退院したら喫煙OKらしいんです。
出来れば吸わない方が傷の治りも早いので吸わない方がいいんですけど、基本的には切っている箇所は少ないので術後はあまり気を使わなくていいみたいです。
でも退院までは辛抱ですよ。とにかくベッドから離れられないんですから。
それに何も食べてないのにタバコなんか吸ったら倒れてしまいますよ。
結局、私は退院してすぐに吸ってしまいました。おー!やっぱ娑婆の空気は最高だぜ!みたいに・・・・
さておき、タバコを吸っているとテラちゃんから電話があって結局、今日はテラちゃんが迎えに来てくれると言うことです。
11:00に約束したのでもうコンビニに買い物に行っている時間は無いと思って化粧して出かける準備をしていました。
でも結局、迎えに来てくれたのが13:30です。こんな感じでタイの時間は流れているのです。
さすがの私も苦笑いです。
コンビニは帰りに寄ってもらえばいいしって思って部屋でCDを聞きながら待っていました。
テラちゃんの今日の出で立ちはいつもとは違うネクタイ姿で登場です。
連れていってもらったのはとっても大きなショッピングモールです。
まだランチをしていなかったので今日のお昼ご飯も日本食です。
「小舟」っていうお店に入ったんですが、店内は「廻るすし」状態ででも他のものをオーダーできるので私はカツ丼を注文しました。
やってきたのは「かつ玉丼」です。
笑ったのがおみそ汁もついているのですが、それに「レンゲ」がついているのです。
これは中華か?っておもいながら・・・
私はレンゲでかつ玉丼とおみそ汁を頂きました。
バーゲンをしていたので明日からのシャツが無かったのもあってTシャツを3枚買いました。その時、尿意をもよおし、トイレに駆け込みましたが、私がすることは便器にすわることではなく、カテーテルのおしっこ袋を腰のウェストポーチ?から下におろして折って輪ゴムでとめてるホースを開くこと。
なんか変なトイレでしょ?
こんなん個室じゃなくてもできるわ!って(爆)
それからいろんな服を見ていたのですが、後2日だしなんとか今の洋服で持たせようと、珍しく私の物欲を抑制することができました。
でも、どうしても見たいものがあって「タイシルクと貴金属」です。
両方、タイの特産品なんですね。
でも、ここのモールより直売にいったほうがいい!ってテラちゃんがいうから、連れていってもらいました。
着いたところは、なんてハイソサエティなところでしょう!
エントランスでホストとかホステスがいて全部案内してくれるのです。
もちろん客は外国人ばかりです。
私は自分の誕生石のペリドット(猫目石は高すぎて手が出ません)を見ていたのですが、説明されたのがグリーンサファイア。
ブルーサファイアとかブラックサファイアは日本でも聞いたことがあるのですがグリーンサファイアは聞いたことがないのです。その中でひとつ、真ん中にグリーンサファイアで両サイドにダイヤで十字架が入っているリングです。
すごく綺麗で。これは物欲とかそんなんではないです。
グリーンサファイアはタイ以外ではなかなか手に入らないって言うし確かに展示されているのも少なかったし、仏教の国なのに十字架は入っているし。
私はこの身体を手にした記念に買おうと心に決めました。
金額は確かに安いものでは無いですが、全く手が出ないものではなかったので買ってしまいました。
苦しいときに、この指輪をみてタイの事を思い出そうって。そんな気持がとても強かったです。たぶん私の一生の想い出の指輪となることでしょう。
もう、タイシルクなんか買う余裕はありませんし、膣拡張の時間も迫っていたので急いで、タイ名物「大渋滞」の中を車で急いで帰ってきました。
帰りにコンビニに寄ったのですが、買い忘れたものがあって出ようと思ったときに、買ったTシャツをテラちゃんの車に忘れたことに気がつきました。
慌てて電話したらホテルのラウンジでタムちゃんとお茶していると言うことで後で持ってきてくれる事になりましたが、膣拡張の時にタムちゃんを部屋に入れることは出来ないのでコンビニの帰りにラウンジ寄ってもらってきて、辛い辛い膣拡張をしました。
それから残された時間はお風呂入ってご飯はルームサービスとってSRS記録の時間としてゆっくり過ごしました。
明日は日本から「えら」の整形に来る人がいると言うことなのでタムちゃんと一緒に迎えに行く予定です。
久しぶりにYANHEEに行くことになりますが、別に私のする事もないので、ホテルでの過ごし方なんかを日本から来た人に話して見ようと思います。
今日の追記ですが、まだ右手の小指のしびれはとれません。
キー入力が、かなり不便です・・・・
☆11
今日は1月6日です。
朝からいつものようにバタバタと朝の膣拡張を行って、朝食ぎりぎりにレストランに行きました。
午後からはタムちゃんと一緒に日本から「えら」の矯正に来る人を迎えに行く予定です。
12頃タムちゃんから部屋に電話があって下に来てるからって・・・・
タムちゃんはいつもこうなんですよ。来る少し前に電話してくれたらいいのに・・・・
急いで鞄を持ってロビーに降りていきました。
空港には随分と早い時間に着いて、二人ともまだランチを食べていなかったので、空港のファーストフードらしき店でラーメンを食べました。
タイに来てラーメンを食べるのははじめてだったのですが、私の口にはとってもあって、美味しかったです。しょうゆ味みたいな比較的透明なスープでちぢれ麺です。
これはおすすめの味です。
そしてまだ時間があったので外に出てタバコでも吸おうかって話してタバコの吸える外のエリアにでたら小さい子供を連れたファミリーと隣り合わせになって。
さすがに子供の隣でタバコを吸えないわって思って立ち上がって灰皿の横で立ってタバコを吸っていたら先に吸い終わったタムちゃんが子供を膝に乗せて遊んでいるんです。
この人は顔はとっても怖いけど、本当に優しい人なんだって思いました。
また、この子供がとっても可愛いんです。
タイの人は手を前で合掌して挨拶する習慣があるんですが、この子供も親に教えられたのか、私の前でそうして挨拶してくれたんです。
ほんと可愛いと思いました。
自分の子供のことを思い出しました。
本当にごめんなさい。
私が側にいて優しくしてあげられなくって・・・・胸が詰まる思いでした。
私の子供もこんな時があったなぁって遠い昔のことのように、それは本当にずっと前のことに思われました。
どうか、私の知らないところでも幸せに暮らして欲しい。そして普通に幸せになって欲しい。
自分の人生を自分で歩いて、優しい人になって欲しいっておもいました。
飛行機の到着のアナウンスが流れてからしばらくして、日本からのその人は私達と会えました。
今日のタムちゃんは体調が悪いらしく、電話でテラちゃんをよんで、運転をしてもらっていましたから。
とにかくYANHEEへ行ってこの人が今日手術できるかどうかとか、検診があります。
結果は明日オペと言うことになって今日はホテルで過ごすことになりました。
ここで、私のはじめての経験がありました。
タイではじめて自動販売機で缶コーヒーを買ったのです。
別にそんなに喉は乾いていなかったのですが、どうしても自分で自動販売機で買ってみたくて。
コインを使って買い物をしたのです。
タイは紙幣が20バーツ以上でそれ以下はコインなんですが、私は今までコインを使ったことがなかったから。
自動販売機からはぬるーいコーヒーが出てきました。
冷やしてはいないんですね。
それから、私達はホテルに戻ってきました。
ここで、私は洗浄用の水とタバコを買うことを忘れてしまっていたのです。
でも、膣拡張を始めてしまっていてまだタムちゃんがホテルにいるはず!
そう思って電話をしました。そしたらテラちゃんが私の部屋まで買って持ってきてくれたんです。
本当に、ジェントルな人たちです。明日は何かプレゼントをしたいって思います。
膣拡張を済ませて、レストランに降りていったら、到着した人とタムちゃんが食事をしていたので一緒に食べました。
今日は私がご馳走しました。
明日の手術の成功を祈りご飯を頂きました。
タムちゃんと到着した人は夜の街に遊びに行ってしまいましたが、私は男の人が遊びに行くところにいっても仕方ないので部屋に戻ろうとホテルのロビーを通過しようとしたときにいつものようにドアボーイの人やらカウンターの人がいつもと同じように挨拶をしてくれたので、明日帰ること、そして今までのお礼を言いたくって話しかけました。みんなと握手してエレベータを登ろうとしたんですが写真もとってないやって思って、戻ってきてみんなと一緒に写真をとってしばらく想い出話をして部屋に戻ってきました。
本当に有り難うございました。
明日、帰るときに「コープン・カープ:男(カーン:女)」って帰りたいと思います。
私が覚えた、たったひとつのタイ語「有り難う!」です。
みんな私に「お休みなさい」って言ってくれていたのに私はいつも
「Thank you! Good night.」としか言ったことがないのです。
だから明日は「コープン・カープ:男(カーン:女)」って言ってホテルを去りたいのです。
さて、明日は朝7:00に病院に行かなければならないので早く寝ることにしました。
今日タムちゃんと話していたんですが、寝ているときに膣拡張しながら寝たら朝がとても楽なんじゃないかって思うんです。
はじめはとっても違和感があるのですが、慣れれば私のことですからたぶん寝てしまうと思うんですね。
これなら時間短縮できるし、スティックが入っている時間も長いので治療的にもよいような気がしますから。
ドクターにも1時間以上って言われているし、たぶん大丈夫と思います。
痛くなったら抜いたらいいし。
いよいよ明日は自分の力でおしっこをしなければなりません。
でもカテーテルはとってもしんどいし、早く明日カテーテルを抜いて自分の力でおしっこをしてみたいです。
☆12
いよいよ今日は日本に帰国する日です。
昨日の夜からスティックは入れたまま寝てみました。
今日は朝早くから病院に行かないといけないからあまりバタバタしたくなかったからです。
不安に思っていた痛みはあまりなかったのですが、あまりよくは眠れなかったような気がします。
しかし、慣れればたぶん寝られると思います。
朝からスティックを抜いて、洗顔して身支度を整えて7:00にフロントに降りていったらタムちゃんが迎えに来ていました。
今日はえらのオペを受ける人が一緒に病院に行きますから、彼も一緒にもう起きてきていました。
まだ少し時間があったので朝御飯を食べている間にテラちゃんもきて結局4人で病院に行くことになりました。
病院に着いた時間は外来診察がまだ始まっていなかったので、私が入院していた病棟に遊びに行ってみました。
看護婦さん達は私の事を覚えてくれていてくれてしばらく話していたのですが、アリラットは病室を見まわっているって言うことなので少しソファに座って待っているとアリラットはナースセンターに戻ってきました。
待っている間に壁に貼られている入院患者リストを見ていると、私が退院するときに入院していた日本の人がまだ入院しているのがわかりました。
アリラットに病室に行ってもいい?って聞いたら一緒に来てくれました。
その人は薬アレルギーになってしまって体中に発疹がでていました。
今はこの治療のために入院しているとのことでした。
もう一人の人は尿道炎になってしまったらしくその治療に入院しているとのことでした。
入院してる間はあまり無理しないようにしないといけないですね。
身体に変化があったらすぐに看護婦さんに伝えるとか、おしっこを無理して出したいとか思わないようにしないと、どうしても無理してしまうと後で必ずお釣りが帰ってきてしまいますから。
これは退院してホテルに滞在している間も同じですよ。
さて、やっと時間になったので私は外来に行きました。
そこではテラちゃんが待っていてくれて、20分くらい待っていると、私の名前がよばれました。
診察室には行ってスカートとパンツを脱いでベッドに横になって待っているとドクターが入ってきました。
私はドクターに挨拶をして診察が始まりました。
彼は私のクリトリスを触って「Do you feel?」と聞きながら触るのです。
私はクリトリスを触られるのははじめてで自分でも触ったことがなかったのでビックリして・・・・
「I can feel. Ican feel very much!」と応えました。
めっちゃ感じてしまうのです。
これは膣でも同じ事をされて、後は傷口などをチェックして「You are very good.」になりました。
私は先生にお風呂で洗ってもいいのか?って聞いたらお風呂に入って石鹸でよく洗って、スティックを入れているときは深く入れるようにしてくださいね。って言われました。
その後はカテーテルを抜いてもらって、たくさんさの水を飲まされておしっこが出るまでベッドの上で待たなければなりません。
1時間待って、やっとの事でおしっこがしたくなっていざ!トイレに。
ちょろちょろってしかでないけど、感激でした。
別にどこも痛くないし、でもどこに力入れたらおしっこが出るのかわからなくって困ってしまいましたけどね。
その後はハードロックカフェ バンコックに行って食事をしてそれから足マッサージに連れていってもらいました。
足マッサージで大阪から来ていた「おばちゃんグループ」にあって自分がニューハーフであることを話したらどこのお店なん?みなみ?キタ?って聞くから・・・
「私は今福岡に住んでいて、昼間働いているんですよ」って話して店の人が別のソファに座って欲しいって言うから立ち上がったら、おばちゃん達は「まぁ!綺麗な人やねぇ〜すらぁ〜ってしていて羨ましいわ。あんまり私ら女の敵にならんといてなぁ」っておばちゃんジョークで返されてしまいました。ほんま久しぶりに大阪のおばちゃんにあって楽しませてもらいました。
その後、お土産の買い物をしてホテルに帰ったら膣拡張して何とかチェックアウトに何とか間に合う時間でした。
やっぱりバタバタになってしまったなぁ。
そう思いながら用意していたんだけど、なんだか寂しくなってきて、随分長くこの部屋にいたような気がするけど10日間もいなかったんだぁって思って感傷的になってきました。
テラちゃんが部屋まで迎えに来てくれました。タムちゃんは仕事があって先に行くってさっき電話があったし・・・
今まで有り難うって話してチェックアウトのためにフロントに行きました。
そして、精算を済ませてテラちゃんの車に乗りました。
そしたら涙が溢れてきてタムちゃんとテラちゃんは私にとても優しくしてくれました。
いろんな想い出がと私に優しく接してくれた人たちのことを思い出して。
「とっても悲しいよ。泣き出してしまったよぉ」ってテラちゃんに話したら「僕も悲しいけど僕は強い心だよ。だから侑海も泣かないで。またバンコックに遊びにおいでよ。」って言ってもらいました。
空港に着いてもテラちゃんは私の荷物を持って全ての手続きをしてくれて国際線出発口へとやってきました。
「テラちゃん、また遊びに来るね。」ってHugしながら約束しました。
そして、私は飛行機へ乗り込み日本へと出発したのです。
バンコックの夜景がとっても綺麗でした。
☆13
6時間くらいのフライトでしたがあまり苦痛も感じることもなく関空に着くことが出来ました。
手術後はじめてパンツ(ズボン)をはいたのですが少しくい込むような感じはしましたが大丈夫でした。
関空にはお母さんが迎えに来てくれていて朝御飯を一緒に食べてタイでの話をかいつまんで話をしました。
「一緒にトイレに行って見てみたい?」
って聞いたのですが「
あっという間に私が乗る福岡行きの飛行機の出発の時間になって福岡に帰ってきました。
福岡空港には私の友達が迎えに来てくれていて私はタクシーにのって家に帰ってきたのです。
最後に大きな失敗をしてしまって、タクシーの中にバンコックで買ったサングラスを忘れてきたのです。
想い出のサングラスだったのに・・・
友達がタクシー会社に電話をしてくれたのですが今のところ見つかっていません。
タイと日本の気候の差に私は寒くって体中が痛くなって寝込んでしましました。
疲れていたせいもあるでしょうが、寒さは厳しかったです。
オペしたところ(下半身・胸)と右手の小指が痛くって寒くって寝込んでしまいました。
一晩寝たら随分と体調は戻っていたのですが、周りの環境と治療に1月いっぱいはじっくりと休養したいと思います。
これが私の2003年12月22日〜2004年1月1月8日までのSRSの体験記です。
今からが新しい人生と思ってこの2週間のことを忘れることなくこれから生活していくことが大切って本当に感じています。
私はタイにきて自分について振り返り、そして考えることができました。
GIDと言うことでたくさんの人が私から離れていきそしてとても悲しく思っていました。
その人を憎んだり恨んだりしたこともありましたが・・・・
人は皆同じ人と知り合って別れていくことを知りました。
私はGIDでは無かったらタイのタムちゃんテラちゃんをはじめ優しい人たちに出逢うことはなかったでしょう。
そして自分が悩んできたことそれは人生の中でみたらどれだけ小さいことなんでしょうか?
私は自分の足下ばかり見ていたんですね。
私は前をみて主を見上げて生きていくことをしりました。
私を支えてくれている人がいる。
そして私と離れたくなくても離れなければいけない人もいるんだって思いました。
人の出会いは自分で決めれることではないんです。全ては決められていることで何一つなんにも自分で決めれないんだって思いました。
そんなことで悩むことはやめよう。
すばらしい出会いが私には待っている。私は守られているって思います。
私を支えてくれた人たちに本当にお礼を言いたいと思います。
そして今までの私を許して下さい。
しかしこれからの私を見つめて下さい。強く生きていくことが出来そうです。
そんな気持です。
ご案内
長い文章になってしまいましたが読んで頂いて有り難うございます。
私はこれからたくさんの経験をしていくと思いますが、決してタイでの事を忘れることは無いと思います。
私が驚いたことはタイでは綺麗になるために整形することはみんな行っていることでSRSだけではなくって身体の全ての整形・形成をしています。
それに私の場合はSRS証明書を出してもらいました。性別変更等ど時に必要になるでしょうから。
私の経験でお役に立てることがあればお話しします。そして何かのお力に慣れるのであればお力になりますね。
(SRS・美容整形支援)
何なりとメールでお問い合わせして下さいね。
お応えできる範囲でお応えしますね。